震災から14年
再び関西で住むようになって、
この日が来ました。
あの日は大阪の実家にいました。
大学一年生、テスト期間中で、徹夜で取り組んだリポートが
やっと書き上がって、「ちょっと一眠り」とベッドに入ろうとしたそのときでした。
下から「ドン」と突き上げられて、それまで経験したことのない揺れでした。
「関西には地震が来ない」、みんなそう思っていました。
まさかの出来事でした。
幸い大阪市内の実家は花瓶が一つ割れただけの被害でした。
地震の翌週から、西宮市の教会に泊まり込んで
ボランティア活動をしました。
教会から派遣されて被災者の方々のおうちの片付けをしたり、
炊き出しをしたり、救援物資を配ったりしました。
今日はその西宮の教会を14年ぶりに訪問しました。
アポなしだったのにもかかわらず、牧師先生が快く迎えてくださり、
2時間ほどいろんな話をしました。
未曾有の非常事態を生き抜き、
地域の人々に寄り添っていかれた方のひとことひとことに、
重みと真実みがありました。
私にとって震災ボランティアは、「地域で生きること」の原点とも言えます。
今後、私はソーシャルワーカーになるための学びに入ります。
同時に病院での仕事もスタートさせます。
患者さんや患者さん家族にとっては非常事態のそのときに、
どのようにかかわり、その痛みやつらさに寄り添っていくのか。
震災の日に「原点」を訪れたことは、
自身の方向性を改めて確かなものにしてくれたように思います。
わが子は震災を知りません。
伝えるのは、親の使命です。
今も震災による痛みで苦しんでおられる方に、
慰めがあるように祈ります。
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コメント
>ひささん
どうもただいまです。
しかし沖縄とは、これまた遠くなってしまいましたな。
まあ、そのうち会えるはず。
本当に震災やそのほか災害が起こったとき、
家族をどのように守るか、
地域の人とどのように支えあうか
大切ですね。
普段からどうするかをつめておかないと。
投稿: ザガス☆ただし | 2009-01-28 22:42
関西、おかえり^^
俺も沖縄への異動を完了しました。
関東にいる時は、久しぶりに会えるかと思ってたけど、叶わんかったな。
そうかー、震災からだいぶんたつなー。
あの時、ザガスはそんな事をしてたんや。
えらい!偉すぎる!
俺はあの時、山口県におって、飛行訓練生の1年生。山口県でも震度3あって、福岡か広島かどっか近いところの地震かとみんな思ってた。あれだけ離れてて、結構揺れたから、震源に近い地域では大変なことになっててんな。
その年のゴールデンウィークか夏休みは、まだ新幹線が大阪まで通ってなくて、福岡まで一旦出て飛行機で帰省したのを覚えてる。
上空から見る被災地はいたる所にブルーシートがかけられてて、切ない気分になりました。
10年後、教官として再度山口県に赴任した時、一度すごい台風が来て、電柱や街路樹が倒れ、1週間停電、断水。電気の止まったコンビニに水を求めて殺到する人々を見て、家族をどう守ればいいのか、すごく焦った。独り身ならなんとでもなる気がしてたけど、家族全員を守るのは、やっぱり大変なことです。
神戸の震災に比べたら全然何ともないことやのに、それでも少し緊張したから、震災の時の皆さんの苦労は想像を絶するものであったと推察します。
仕事、体に気をつけて頑張ってな^^
投稿: ひさ | 2009-01-24 09:15